パートナーが暮らす、海辺の街へ
「おはようございます」
夏の日差しがまぶしい、土曜日の朝。
逗子海岸で迎えてくれたのは、明るい笑顔のIさんご家族。
都内に通勤するサラリーマンのご夫妻と、
この街でうまれた3歳の男の子。
海が目の前に広がる、国道134号線沿いのアパートに暮らしている。
もともとは、夫・Iさんが長く住んでいた逗子の街で、
妻・恭子さんが一緒に暮らすことになったのが、家族の暮らしのはじまりだ。
ふたりとも東京出身。
大人になるまで逗子を知らなかったという恭子さんは、
会社の研修でたまたま訪れる機会があり、そのときから街の印象がよかったそう。
「ちょうどいい規模感の街だなと思いました。
おだやかだけれど、田舎すぎず。センスのいいお店もいっぱいある。
駅から海までの近さもいいですよね」
都心の大企業で社内広報の仕事をしている恭子さんは、
自他ともに認めるワーカホリックだ。
それでも、Iさんと親しくなり、逗子に遊びに来るようになると、
海も山も近く、自然をすぐそばに感じられる環境に、少しずつ心がほぐされていった。

「コンクリートジャングルのなかで、猛烈に仕事をしている感じだったので(笑)。
自然に囲まれるだけで、心が洗われるというか、とっても癒されたんです」
そして訪れたコロナ禍。
出社ができなくなったことをきっかけに、環境を変えることを決心した。
恭子さんにとっては、知らない街に思い切って移住するというより、
パートナーが暮らす心地のいい街で、一緒に新生活をはじめる。そんな感覚だった。
人との距離が近い、逗子の街
一方で、ご主人のIさんは逗子歴が長く、2011年からこの街に住んでいる。
仕事の転勤で、社会人になってから7、8回ほど引っ越しを重ねた後、
ようやく腰を据えて住む街として選んだのが逗子だった。
学生時代にウィンドサーフィンをはじめ、葉山に合宿所があったことから、
逗子や葉山にはもともと土地勘があったという。
「人生に一度は海の近くに住みたい」と思い、
辻堂、鵠沼海岸、茅ヶ崎、逗子など、候補にあがった街を歩きながら、
暮らしをイメージしていった。
当時はまだ、リモートワークが浸透していなかった時代。
駅から海まで歩ける距離にあることと、始発駅であることが、逗子を選ぶ決め手となった。
逗子に住みはじめてからは、海辺の物件を選び、
ウィンドサーフィンだけでなく、サーフィンやSUPなど、
マリンスポーツ三昧の日々を過ごすように。
「住んでからは、もう好き放題やっていました」と、穏やかに微笑むIさん。

そして、もうひとつ。
逗子に暮らしはじめて感じた魅力のひとつが、
個人経営の店が多く、オーナーや店主とも親しくなりやすい、人と人の距離が近さだった。
ふたりともお酒が好きで、子どもが生まれる前は、よく逗子の街の夜を楽しんでいたという。
「飲み屋で知り合うことが多いですね。たまたま一緒になって、話すうちに親しくなって、
LINEを交換したり、というのがよくあります」とIさん。
恭子さんも、逗子で暮らすなかで感じた、人との距離感について話してくれた。
「やっぱり、逗子は、人がいい。
東京のときは行きつけのお店とかはなかったけれど、
逗子では何回か通うと顔馴染みになって。
お店の人も近所に住んでいたりするので、ご近所さんだけどお店の人でもあるような、
地域とのつながりができるのが、初めは新鮮でした」
ご褒美のときに食べに行く寿司屋さんでは、気のいい人生の先輩たちとの出会いもあった。
そのようにして、街での人とのつながりが少しずつ増えていくなか、
2022年に子どもが生まれると、ふたりの暮らしはまた新たな段階へと変わっていった。
子育てで変わった、暮らしのリズム
3歳の息子は、逗子の自然に囲まれた「ごかんのもり」という
野外保育中心のパーマカルチャーを取り入れた保育園に通っている。
「毎日木登りをしたり、海まで散歩したり。
からだで“生きる”を学んでいるなと感じます」
周りのママ・パパも、都内からの移住者が多く、
感覚もどこか似ているように感じるという。

最近は、新しく逗子に暮らしはじめた住民と、昔からこの街に暮らす人たちが一緒になって、地域のお祭りをもう一度復活させようという動きもある。
みんなでお神輿を担ごうというムーブメントだ。
Iさんは三社祭で知られる浅草出身。
恭子さんも学生時代、サークルでよさこいを踊り、学祭の運営にも携わっていたという祭好き。3歳の息子にも、早くも将来の祭男としての期待がかかっている。
子どもが生まれたことで、ライフスタイルが大きく変わったと話す恭子さん。
「つい仕事モードになりがちなので、毎朝、海を見たり、自然を感じることで、
その切り替えが前よりもできるようになったなと思います。
あとは、子どもが生まれたことで、お迎えの時間が決まっているので、
より短い時間で、同じだけ生産性を出すという意識に変わっていきました」
仕事が好きで、都内の刺激的な環境も楽しい。
だけど、そればかりでは疲れてしまうときもある。
そんな恭子さんにとって、逗子での暮らしは、
仕事とは違う時間の流れを取り戻す場所にもなっている。
子どもが大きくなったら、受験の選択肢や学校事情などはわからないと言いつつも、
今はいちばん小さい大切な時期を、海のそばで、五感をはたらかせて遊ぶ子どもの成長を、
おだやかに見守っている。

最後に、「逗子に住んでいて良かった」とふと感じる瞬間について、
ふたりそれぞれに聞いてみた。返ってきたのは、どちらもとても自然体な答えだった。
恭子さんは、家の窓から聞こえてくる自然の音や、日常で出会う風景をあげた。
「東京では聞かないような、南国の鳥みたいな、かわいい鳥の声が家から聞こえてきたり、
窓を開けて寝ると、海の音が聞こえてきたり。
子どもを迎えにいくと、日本の夏休みを感じるセミの鳴き声とか、鳥も鳴いていて、
リスが歩いている。そういう風景に触れるときは、いい場所だなと思います」
Iさんも、少し考えてから、こう答えてくれた。
「やっぱり、都会とは、空気が違うと感じませんか?
横須賀線の駅を降りたときの、香りがちがう。海まで歩いていくと、春や秋には花の匂いがして、夏は海風で潮の香りがする。その匂いをかぐと、自分のなかで、スイッチがオフになりますね」
Interview / text
西谷 渉