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鎌倉・長谷でひらく、北欧のある暮らし。

鎌倉・長谷でひらく、北欧のある暮らし。

「Melting pot」原ベックマン 彩子さん

異国の空気をまとった、長谷の小さなカフェ

江ノ電に乗って、鎌倉から3駅。
長谷駅を降りて、海へと続く道の途中にある、北欧カフェ「Melting pot」。
ガレージをいかしたオープンスタイルの店内は、ベビーカーでも入りやすく、外の席では犬連れのお客さんがくつろぐ姿も。どこか外国のカフェのような、ひらかれた空気が心地いい。

2016年にこの場所で店をはじめたのは、原 ベックマン 彩子さん。
鎌倉の長谷で生まれ育ち、今もこの街に暮らす、生粋の鎌倉っ子だ。

「ここは、もともと父親の会社の事務所だったんです。
使わなくなったので、『何かやってみないか?』と言われて。
ずっと夢だった“自分の店”に挑戦してみました」

料理上手の祖母の姿を見て、子どもの頃から料理やお菓子づくりが好きだった原さん。
調理の専門学校を卒業後は、料理人やパン職人として経験を重ねてきた。

一方で、海外への興味も強く、「知らない世界を見てみたい」という思いから、
20代半ばでカナダへワーキングホリデーに出る。

初めてひとりで飛行機に乗って訪れたのは、
ブリティッシュコロンビア州のケロウナという田舎町。
湖と山に囲まれて、のんびりとした街は、どこか鎌倉と似ていたという。

「パン屋で働いていたのですが、朝3時出勤で、1週間後にはひとり体制。
自転車を盗まれたりもして、かなりサバイバルでした(笑)」

せっかくの海外生活を、仕事だけで終わらせるのはもったいない。
後半には、家族経営の農家でのファームステイも経験した。
動物をたくさん飼っていて、鶏の卵を食べたり、搾りたての牛乳も飲めるという環境。
6人の子どもたちは、学校に行かずにホームスクール。
それは、自給自足の生活に触れる、はじめての経験だった。

その後、遠距離恋愛をしていたスウェーデン人のパートナーのもとへ。
やがて現地で暮らすことになるが、いったん帰国したタイミングで、
2016年1月に「Melting pot」を小さくスタートした。

「最初にイメージしたのは、カナダのカフェでした。
ミルクビスケットや飲みもので、ゆっくりくつろげる空間にできたらと考えていました」

ふたつの国の暮らしが、ひとつの場所に重なる

その後、2016年の年末から2019年秋まで、
スウェーデン北部の街ルーレオで暮らした原さん。
語学学校に通いながら、スウェーデン料理のレストランで働く日々を送った。

カナダで1年間を過ごしていた原さんにとって、
2か国目の海外生活となるスウェーデンもまた、カルチャーショックの連続だったそう。

「スウェーデンの人たちは、日本人がイメージする外国人像とは違い、
みんなが陽気でフレンドリーというわけでもなく、目もあまり合わせず、シャイなんです。どちらかというと日本人と似ているかもしれません」

印象的だったのは、スウェーデンの家族を大切にする文化だ。

「三大祝日のイースター、ミッドサマー、クリスマスには家族で集まって、
テーブルを綺麗にセッティングして、ドレスアップをして食事をします。
季節ごとにテーマカラーもあって、イースターは黄色、ミッドサマーは白、クリスマスは赤。毎回、その色のワンピースを探すのがけっこう大変です」

また、いちごやブルーベリーなど、ベリーが身近にある食文化も、心に残っている。

「スウェーデンでは、いちごは夏の果物なので、焼き菓子やケーキによく使います。
森にブルーベリーの実がなっていて、取り放題なんです。
一年分のベリーを収穫して、ベリー専用の冷蔵庫がある家もあって。
いちごやリンゴンベリーなども、本当においしいですよ」

夫の両親と過ごす時間も、今のお店づくりに影響しているそう。

「お母さんはベーキング、お父さんは料理が得意で、いつも一緒にキッチンに並んでいます。スウェーデン料理や、ワインのことなども、たくさん教えてもらいました」

お店のメニューにある、スウェーデンの家庭の食卓に並ぶ料理をつめこんだ「スウェーデンプレート」や、夫の母から受け継いだレシピのジャム、毎日焼く天然酵母のパンにも、そのエッセンスが生かされている。

日常のなかで、世界とつながる

2019年の結婚後、しばらくは家族と日本で暮らすことを選び、
「Melting pot」も本格的に再スタートした。

「日本でもスウェーデンでも、そのときの自分たちにとって良い方を選んでいこうと話しています。今はこの場所で、できることをやっていきたいですね」

現在、原さんは、夫と小さな娘とともに七里ヶ浜で暮らしている。
家族の時間を大切にしたいという思いから、ふたりの職場への距離で選んだ場所だ。

「七里ヶ浜は、コミュニティがしっかりしていて、プロムナードを中心にイベントも多い。
子どもがいる家庭には、いい環境だと思います」

カナダとスウェーデン。
海外で過ごした日々をのぞくと、原さんは鎌倉をはなれたことはない。
生まれ育ったこの街のことを「やっぱり居心地がいい」と話す。

「同級生やその家族も近くにいて、つながりがずっと続いています。
一人か二人挟むと、だいたい知り合い。
村みたいな感覚があるので、変なことはできません(笑)」

長谷駅前の薬局や、由比ヶ浜通りの花屋、美容師など、
街ではたらく同級生もたくさんいる。
なかには、原さんのお父さん同士も同級生、
原さんたちも同級生、娘たちも同級生という、
三世代にわたって同級生という家族もいるという。

日々の暮らしのなかに、ゆるやかなつながりが息づいている。

近年は、百貨店の北欧イベントへの出店や、スウェーデンブランドのコーヒー豆やキッチンアイテムの紹介など、カフェを通した活動の幅も広がっている。

「スウェーデンの食文化やライフスタイルを、もっと気軽に楽しんでもらえたら。
日本とスウェーデンをつなぐ架け橋になれたらうれしいです」

最後に、鎌倉・長谷エリアについて聞いた。

「神社やお寺が多くて、お正月のみかん投げやお祭りなど、
季節の風物詩が身近に感じられる街です。

鎌倉駅までもぎりぎり歩ける距離ですし、夜道をひとりで歩いていても怖くない。
安心して暮らせる場所だと思います」

海と山に囲まれたこの街で、日常の延長に、小さな異国の風景がある。
「Melting pot」は、そんなふたつの暮らしがゆるやかに混ざり合う場所になっている。

店名の「Melting pot」には、“人種のるつぼ”という意味のとおり、国籍はもちろん、赤ちゃんからご年配の方々、近所のママたちも、外回りのサラリーマンも、いろんな“人種”の人たちにスープを囲んでほしい、という想いが込められている。訪れるたびに感じていた、この店の軽やかな心地よさ。その正体が、今回の取材でふと腑に落ちた気がした。
西谷 渉

Interview / text

西谷 渉

@ayumi.nstn
中村ナリコ

Photograph

中村ナリコ

Shonan diary 2026.05.13 wed
Living in Shonan...