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アパレルから魚屋へ。鎌倉で始めた、新しい暮らしの実験

アパレルから魚屋へ。鎌倉で始めた、新しい暮らしの実験

「サカナヤマルカマ」狩野真実さん

「なんとなく」の移住から始まった、鎌倉とのつながり

鎌倉・今泉台の住宅街にある、
静かな商店街「北鎌倉台商店街」を歩く。

“商店街”という言葉の響きよりも、ずっとささやかで、
わずか100メートルほどの通りに、個人店がぽつぽつと並んでいる。

たい焼き屋さんに、アクセサリー店、パン屋さんに、カフェ。

電車やモノレールの駅からも遠く、
鎌倉の中心地から少し離れているこの辺りは、
観光客も少なく、「鎌倉のチベット」とも呼ばれている。

そんな静かな町に、朝から活気をもたらしているのが、
2023年にオープンした鮮魚店「サカナヤマルカマ」だ。

「サカナヤマルカマ」は、鎌倉の住民と、鹿児島県阿久根市の水産業に携わる人たちが共同で運営する“まちの魚屋さん”。
地魚含めて産地直送の新鮮な天然魚や、魚を店内で加工してつくるお惣菜の販売や、鎌倉市内で移動販売も行っている。

その立ち上げメンバーのひとりが、狩野真実さん。

狩野さんが、都内から鎌倉に引っ越してきたのは2015年のこと。

大学卒業後は、アパレル企業で営業やバイイングに携わり、
華やかなファッションの世界で忙しい日々を送っていた。

仕事に夢中になって走り続けた20代を経て、
30代に入ったころに、ふと「もうこの生活はいいかな」と思ったという。

東京から少し離れて、生活を変えてみたい。

そんな想いから、夫婦ともに好きで、
よく遊びにきていた鎌倉へ。「なんとなく」移り住むことになった。

海の近くに住んでみたいとか、
サーフィンをしているとか、
はっきりとした理由があったわけではない。

気に入った土地が見つかったことが、シンプルな決め手だった。

駅から少し離れ、海沿いのエリアにあるその土地は、
裏に竹林があり、一目で気に入った。

「東京に住んでいたときは、刺激もあって楽しかったのですが、
いつも“常識”や“こうあるべき”みたいなものに縛られていた気がして。

鎌倉は、自由に好き勝手に生きている人が多いし、かつ包容力もあるので、
人と違ってもいい、という気楽さがある。
小さなチャレンジがしやすい気風があることも気に入っています」

鎌倉に引っ越してからもしばらくは都内まで通っていたが、
子どもが生まれたことをきっかけに、フリーランスに転身。

そしてその頃、編集者の夫とともに、
ライフワークとして、『〇〇と鎌倉』という、
鎌倉とさまざまな地域をつなぐプロジェクトを始めた。

地域との関わり方には、「移住」以外にも、
もっとフラットな関係があってもいいのではないか。

地元の人として魅力を発信するのでもなく、
よそ者として地域を眺めるのでもない。
その中間くらいの立場で、何かできることがあるかもしれない。

そんな社会実験のような思いで始めた試みが、
狩野さんの人生を大きく動かしていった。

まちの課題から生まれた、みんなでつくる魚屋

はじまりは、2017年。『〇〇と鎌倉』プロジェクトの第2弾として、
鹿児島県阿久根市とのイベントを鎌倉で開いたときのこと。

豊かな海にめぐまれ、多種多様な魚が水揚げされる阿久根市は、
近年、水産業の後継者不足という課題を抱えていた。

そこで、地元の若い世代に水産業への関心を持ってもらおうと、
阿久根の高校生たちが鎌倉を訪れ、地元で水揚げされた魚を移動販売するイベントが開かれた。

すると、鎌倉市内の販売先のなかでも、高台にある郊外住宅地の今泉台で連日行列ができるほどの盛況ぶりに。

高度経済成長期に開発された今泉台では、住民の高齢化が進み、商店街の店舗も減少しており、身近な場所で新鮮な魚を買うことが難しくなっていた。

また、かつては日本全国で約6万店あった魚屋は、現在では1万店を下回るともいわれており、海に囲まれた鎌倉でさえ、新鮮な魚が手に入る場所は限られることを知った。

イベントを受け入れた当時の町内会長たちからも、移動販売の定期化を望む声があがり、
産地と消費地が抱える課題をつなぐ、新しい魚屋の事業化を、阿久根と鎌倉のみんなで考えるようになったそう。

目指したのは、持続可能なまちの魚屋さん。
クラウドファンディングを経て、2023年の春、ようやくオープンにこぎつけた。

魚屋のエプロンもおしゃれに着こなす狩野さんが、
アパレルの仕事を手放した背景には、こんな想いもあった。

「40代になって、いわゆるミッドライフクライシスになって。
このままでいいのかなと考えたときに、
何か、もっと情熱を注げるものと出会いたい!と思ったんです」

そして、心の向くままに、
知識もなかった魚の世界へ。

思い切って動きはじめると、クラウドファンディングも目標額を大きく上回った。
「やるしかなくなった、という感じでしたね」と当時を楽しそうにふり返る。

今では、10代から70代まで、さまざまなバックグラウンドを持つスタッフが店に集い、
それぞれの得意分野をいかしながら、お店を盛り上げている。

狩野さん自身も、魚市場での仕入れから、接客、採用、広報、
イベントの企画まで幅広く担当。経営面も担っている。

とても多忙な日々を送っているはずなのに、
仕事のことを話す狩野さんは、いつも楽しげだ。

「今の時代、魚屋は商売としては全く楽ではないですが、
だからこそチャレンジしがいがあります。

多彩で素晴らしいメンバーと一緒に働けていること。
いろいろな人にとっての居場所となっていること。
『マルカマの魚はおいしい』といって通ってくれる人がいること。

そういう状態に、幸せとやりがいを感じています」

鎌倉と箱根。心地よい暮らしを探る、もうひとつの実験

狩野さんは数年前から、鎌倉と箱根で二拠点生活をしている。

コロナ禍の前後から、二拠点や多拠点の暮らしが増えるなか、
「実験的に二拠点生活をすると、生活のバランスが取れるのでは?」と思い立ったそう。

遠い場所では交通費も時間もかかり、頻繁に通えないので、近距離で検討することに。

鎌倉にはない要素を求めて思い浮かんだのが、「森、湖、温泉」というキーワード。
箱根エリアで探すうちに、標高800メートルほどの山の一角にある別荘地に、手頃な価格帯の温泉付きの小さな平屋を見つけた。

温泉に入って、お酒を飲んで、
ハンモックで読書をしながら昼寝をすることが幸せだと言う。

いつの間にか、箱根で過ごす時間は、
日々の疲れをリセットする癒やしのひとときになっていた。

「移動することで頭が切り替わるので、
どんなに仕事が忙しくても、箱根に行くと“無”になれるんです」

休みが取れるときに訪れて、1、2泊するのが中心だが、
長期休みには1週間ほど滞在することもある。

鎌倉のにぎやかで忙しい日々と、
自然に癒される静かな箱根の時間。

それぞれの街で過ごす時間の密度が心地よく合わさって、
今の狩野さんの暮らしをつくっている。

「個人的には、観光地というのはけっこう好きです。

観光地化によって住みづらくなる問題もありますが、
楽しむために来ている人が多い街は、歩いている人も楽しそう。

そういう人の気分も、その土地の“気”をつくっていく気がします」

狩野さんも、お店のスタッフたちも、通りかかる街の人たちに元気よくあいさつをして、言葉をかわす姿が印象的だった。取材の終わり頃、山歩きの帰りのおじいさんふたりが、魚のすり身揚げとビールを買って、お店の前で一杯を始めた。そんな光景を眺めながら、魚を買うだけでなく、人と人がつながる地域の居場所になっているように感じた。
西谷 渉

Interview / text

西谷 渉

@ayumi.nstn
中村ナリコ

Photograph

中村ナリコ

Shonan diary 2026.10.23 fri
Living in Shonan...