故郷の海辺を思い出す、鎌倉へ
江ノ電の長谷駅から極楽寺駅へとつづく、古都の趣きを感じる静かな散策路「星の井通り」。その通り沿いに、平日の昼間からお客さんが絶えない八百屋がある。
三浦半島の新鮮な旬の露地野菜にこだわった一軒で、
2023年にオープンした「ハレトキ 晴レ時々野菜」だ。
いまや地域の爽やかな“顔”になっている、店主の後藤洋介さん・亜也さん夫妻は、
2019年に東京から鎌倉に移り住んだ。
北海道の函館の隣にある、戸井町という小さな海辺の街で育った洋介さん。
海と山に囲まれたのどかな環境で過ごし、東京で働くようになってからも、
「いつかまた、海の近くに住みたい」と思っていた。
その後、アパレルの仕事がきっかけで出会った亜也さんと結婚。
ある日、真鶴に滞在中だった友人を訪ねて湘南に遊びに来たとき。
どこか直感的に惹かれるものがあったのだろう。
ふたりとも湘南の雰囲気に心地よさを感じ、「鎌倉に移住しちゃう?」とすぐに心を決めた。
そして、鎌倉の海の近くで「本当に住みたいと思える家」を探し、
大仏の近くにある、お茶の先生が長く住んでいたという築70年の古民家に出会った。
庭には、季節の花が咲いていて、風情あふれる古民家の佇まいが気に入ったという。
大きな決断のときも自然と呼吸が合う。
そんなところにも、ふたりの心地いい関係性がにじむ。
そうして、鎌倉の長谷に暮らしはじめた後藤さん夫妻。
引っ越してすぐにコロナ禍になり、生活は一変したが、
新しい地域になじむのには、時間がかからなかった。
「山と海。自然を身近に感じることで、四季をすごく意識するようになりましたね。
この花が咲いたけど、何だろう、とか。
太陽の陽射しや鳥のさえずりで目が覚めて、星空を見上げるようになったり。
サーフィンをはじめたら、風向きを意識するようになったり。
自然との触れ合いが、自然と多くなった気がします」と洋介さんは語る。

季節の移ろいを感じながら、自然とともに生きる。
季節ごとの保存食をつくったり、庭いじりなど、様々な手仕事を楽しむ丁寧な暮らしを満喫している。
「人や時間の流れにも、どこか自由で穏やかな心地よさを感じています」と、亜也さん。
「古民家での暮らしは、冬は寒くて、夏は暑い。
家の周りが緑で囲まれているので、虫や小動物が入ってきたり、不便さも多々あります。
でも、むしろそのなかに、生きていく糧や発見がある。
家の温もりを感じながら、日々の暮らしを楽しんでいます」
また、海辺で育った洋介さんにとって、
鎌倉の街は、どこか故郷を思わせるなつかしさがあったという。
両親が商店を営み、子どもの頃は、近所のおじさんやおばさんに面倒を見てもらい、
小さな街に暮らす全員が知り合いだった。
それが、上京してからは、ご近所づきあいがほとんどなくなってしまったが、
鎌倉に引っ越したら、地域の人たちが温かく声をかけあう風景が日常にあった。
坂の下の八百屋を受け継ぐということ
後藤さん夫婦が、八百屋をはじめた経緯には、
どこか偶然とは思えないタイミングの重なりがあった。
鎌倉に引っ越し、地域の暮らしを楽しみはじめたふたりは、
佐助の住宅街で、毎週野菜の販売をしている田畑さんという女性に出会った。
三浦半島の朝採れの新鮮な野菜を、週に一度、販売しに来ているのだが、
初めて食べた三浦の露地野菜は、新鮮で味が濃くて、その感動を忘れられないという。
すっかりファンになり、毎週通っているうちに、田畑さんとも顔なじみに。
「いつか田畑さんと一緒に、何かできたらいいね」
そのときは、まだ「何か」は分からなかったが、それから数年後…。
坂の下で70年以上続いていた、老舗の八百屋「八百芳」が店を閉めるので、
その場所を活用してくれる人を探しているけれど、何かやらないか? という相談が、後藤さんのもとに舞い込んできた。
ふたりもときどき買い物をしていた顔見知りの店で、
スーパーのない星の井通りで、唯一の八百屋でお惣菜も売っていた店である。
なくなったら困る、という地域の声も耳にした。
「このまま、八百屋を残すべきなんじゃないかなと思ったんです」
突然の話だったにもかかわらず、
3日で決めたというから、ふたりの心に迷いがなかったのだろう。
鎌倉で、何かをやりたいという想い。田畑さんという存在。八百屋の跡地のお誘い。
ばらばらだったパズルのピースが、うまく組み合わさった瞬間だった。
「やりたくてしょうがなかったです」
その後、田畑さんの協力を得て、仕入れ先の農家さんを紹介してもらったり、
野菜にまつわるノウハウを教わったりしながら、着々と準備をすすめ、
数ヶ月後に、新生の八百屋「ハレトキ」をオープンした。
「毎日の野菜の仕入れは、なかなか大変だよね…」という夫婦の会話もあり、
時にはポップアップをしたり、人が集まる場になったり。
“晴れ、時々野菜、時々ポップアップ”くらいの、軽やかな感覚で名づけたのが、
「ハレトキ 晴レ時々野菜」だった。

月・水・金の週3回。三浦半島で育った、朝採れの露地野菜を仕入れてくる。
火山灰のミネラルたっぷりの土壌で、太陽をたくさん浴びて、雨風にさらされながら元気に育った野菜は、新鮮なだけでなく、味がぎゅっとつまっている。
ビニールハウスの野菜でなく、露地野菜だから、春夏秋冬、そのときの旬のものだけが店に並ぶ。じゃがいもや玉ねぎといった、最低限のカレーがつくれる野菜は、つねに揃えるようにしているが、季節ものの野菜は、時期が終わると、次の旬まで並ばない。
「露地のものだから、化粧をした感じがない。
土がついたままの野菜もあれば、雨の日なんて泥だらけでやってきます」
お客さんとのコミュニケーションも、こだわりのひとつだ。
「その日の旬の野菜や、おいしい調理の仕方や、農家さんの話など。
お客さんと顔を合わせて、目を見て、直接伝えられるのも、
スーパーにはできない、僕らならではの強みかなと思っています」
人が集い、街の日常になる場所
もともと地域に愛されていた八百屋が、
後藤さん夫婦のあたたかい店づくりで、さらに活気づいたのだろう。
ハレトキには、次から次に、近所の人がやってきては、会話をして買い物をしていく。
お客さん同士も立ち話をしていき、地域のコミュニティのような場になっている。
何より、お客さんと話す後藤さんたちが楽しそうなのだ。
“はじめてのおつかい”でハレトキに来る、小さな子どもたちもいる。
「うれしかったのは、よく店に来てくださっている親御さんが『子どもに将来の夢を聞いたら、八百屋さんというんですよ!娘にとって、八百屋さんは、ハレトキさんだけなんです』と言ってくださって。それを聞いたときは、すごくうれしかったです」
店には、後藤さん夫婦のほか、亜也さんの友人の息子であるマイケルさんなど、
若い世代のスタッフもいる。
「若い子たちにも、いろんな世界を見てほしいですけど、また戻ってきてもらって、バトンを引き継ぎながら、この『ハレトキ』を守っていってほしいですね」
観光でにぎわう長谷寺や、鎌倉の大仏のお膝元でありながら、
昔ながらのあたたかな地域の暮らしが、今も静かに息づいている坂の下。
「ハレトキ」は、そんな街の日常を支える、小さな灯りのような場所になっていた。

Interview / text
西谷 渉
Photograph
中村ナリコ