長男が幼稚園入学時期に、葉山へ移住
JR逗子駅から、葉山の海岸線を走るバスに乗って15分ほど。
住宅街を抜けて、森戸神社を過ぎると、真名瀬のバス停にたどり着く。
目の前には、葉山の凪いだ海が広がり、遠くには江の島が見える。
おなじ相模湾でも、鎌倉の海よりも水が澄んでいて、
静かな波の音を聞きながら、浜辺を歩いているだけで、心がほどけていく気がする。
真名瀬のバス停から、小道を曲がってすぐのところに、
築150年の古民家を改装した複合施設「eat YOGA studio」がある。
ヴィーガンカフェに、アーユルヴェーダのよもぎ蒸しや、セラピールーム、ヨガスタジオも兼ねていて、海のそばでウェルネスを体感できる。
オーナーのMikkoさんは、もともと東京でグラフィックデザイナーとして活動していたが、
17年前、息子がまだ3歳だった頃に、自然のなかでの子育てに興味が湧き、葉山に移り住んだ。
高校生の頃から、夏休みに遊びにきていた葉山は、
Mikkoさんにとって、親しみのある、“東京に近い田舎”。
都内にも自然育児をする幼稚園があったものの、
わざわざお金をかけて、園バスに乗って、畑や川など、遠くの自然豊かな場所に行く姿をみて、「だったら、移住しちゃえばいいじゃん」と思ったのだ。
葉山で出会った、表現する人たち
Mikkoさんにとって、ターニングポイントのひとつとなったのが、
逗子の海辺のシネマカフェ「CINEMA AMIGO(シネマ アミーゴ)」の仲間たちとの出会いだった。
都内から移住してきたばかりの頃、近所におもしろい場所がないか散策するなかで、見つけた一軒だ。扉をあけてみると、たまたま知り合いたちが運営する場所で、
すっかり意気投合して、よく遊びに行くようになった。
当時、フリーでグラフィックデザインの仕事をしつつも、
子育てもあり、専業主婦に近い、お手伝いデザイナーのような働き方だったが、
カフェのメンバーと親しくなると、お店を手伝うように。
そこでは、日替わりで、異なるスタッフがランチをつくっていたそうで、
当時の顔ぶれは、今ではそれぞれに独立して、逗子・葉山エリアで街の人気店を営む人たち。
Mikkoさん自身も、周りから料理上手と言われてきたが、
シネマアミーゴのキッチンで腕をふるう女性陣のスキルの高さや、料理への向き合い方に衝撃を受けたのだという。

「自然が近いぶん、食材をとても大事にしていて。自然と共存しながら、クオリティもすごく高い。畑で採れた野菜や、養鶏場の卵を使って料理をする、といったことがごく自然に行われている料理風景に、ものすごく刺激を受けました」
さらに、もうひとつ。
毎年GWの逗子を盛りあげている、シネマアミーゴが運営する「逗子映画祭」にも、
移住した翌年から関わるようになったMikkoさん。
一般から公募したボランティアの人たちをセクションごとに配置させたり、
まかないの手配など、とりまとめ役を担うようになり、毎年手伝うようになったが、
数年が経ったとき、Mikkoさんのなかに、ある想いがうまれた。
「映画祭の運営メンバーや、カフェの友人、出店者のみんなは、自分の好きなことを自然に表現しているのに、自分だけが裏方というか、オリジナリティではないものを表現しているように感じて。 そのことに違和感を感じはじめたのです」
自然のそばで暮らしながら、食や表現を仕事にする仲間たちと出会い、
「自分も何かを表現したい」という気持ちは、少しずつ強くなっていった。
自分だったら、何ができるだろう。
そう考えたときに、たどり着いたのが、
今のMikkoさんの活動の原点となっているジュースづくりだった。
独身時代は、デザイナーという職業柄、深夜の創作活動が多かったり
決してオーガニックやヘルシーなライフスタイルではなかったというMikkoさん。
あるとき、初めて出会ったヨガの先生から、レッスンの後は吸収力が高まるから、
体にいいものを摂取したほうがいいとアドバイスされ、
冷蔵庫の中にある“体に良さそうなもの”をミキサーにかけて飲むように。
まだ、「スロージュース」どころか「スムージー」という言葉も流行っていなかった時代。
そのドロドロの液体が、ヨガの友人の間で「おいしい!作ってほしい!」と評判に。
さらに、非加熱の食材をつかって、サラダづくりをしていたら、こちらも後に「ローフード」として話題になる。
「私にできることって、この路線なのかもしれない」
そう思って、夢中で掘り下げていったのが、活動の原点だった。
そして、「Nice & Smoothie」という屋号で逗子海岸映画祭に初めて出店し、オリジナルのスロージュースを発信するようになった。

もともと栄養士で料理教室をしていた母親の影響で、料理が好きで、味覚には自信があったという。果物や野菜に、ハーブやスパイスを大胆にミックスするMikkoさん特製ジュースは、ヨガ界隈や、葉山の友人たちの間で、じわじわと口コミで広まっていった。
しばらくして、そろそろ自分の店舗を構えようと物件を探しはじめたのが、コロナ禍の2020年。今の物件との出会いがあり、自分たちでリノベーションし、食と運動、癒やしを融合した施設「eat YOGA studio」をオープンした。
「葉山の真名瀬で夕陽を見るのが好きだったので、
ご縁のある場所だなと思いましたね」
「コンセプトは、断食道場です」とMikkoさんが語るように、
ファラフェルやアサイーボウルなど、ファスティング明けの身体をいたわる料理やドリンクをいただける、ヴィーガンカフェでありながら、不調を整えるハーブよもぎ蒸しやセラピー、ヨガスタジオも兼ねている。
古民家の趣きがいかされている店内には、お座敷のスタイルや、おむつ替えのシートもあり、子どもと一緒でもゆったりと過ごせる一軒だ。

海のそばで、自分のリズムを取り戻す
葉山に暮らして17年が経ち、3歳だった息子は20歳に、娘は10歳になった。
今では、逗子の駅前の街も「にぎやかすぎる」と感じる。
「葉山の、ちょっとこもっている感じが、肌にあうんです」と笑う。
現在は、カフェの運営のほかに、ジュースファスティグ、よもぎ蒸しやコミュニティー畑など、5つの事業を手がけているMikkoさん。
「けっこう忙しい生活をしていますが、葉山だから、バランスを保てていると思います。
朝晩、犬の散歩に海へ行ったり、波の音や、視界に入る緑の気配に触れたり。
そういう自然のすべてが、身体を整えてくれている気がしますね。
こんな贅沢なヒーリングはないなって思います」
昨年からは、不妊や子宮の不調に悩む女性たちのコンサルティングもはじめた。
Mikkoさんのもとで、ジュースのファスティングや、よもぎ蒸しなど、
カウンセリングを受けていたお客さんから、不調が改善されて子どもが生まれ、
赤ちゃんを連れてくる方が増えているのだという。
「少子化が問題になっていて、出生率がどんどん下がっているなか、
体質改善で、子どもが生まれる方がつづいていて。
だから、店舗に来れる人に限らず、オンラインという形でカウンセリングをしながら、
日本国内や海外に住む、日本人女性たちの力になれるかもしれないと思うと、
とてもやりがいのあることだと感じています」
ゆくゆくは、今のお店も、ヴィーガンカフェでありながら、
産後ケアができるような親子が集えるコミュニティの場にするという構想も。
子育てをきっかけに、移り住んだ海辺の街で、
おだやかな自然と、感度の高い仲間たちに刺激を受けながら、
自分らしい表現を、軽やかに広げ続けている。
海と山に囲まれた葉山の空気のなかで、
Mikkoさんは、自分のリズムで、しなやかに人生を育てていた。
Interview / text
西谷 渉
Photograph
中村ナリコ