湘南・鎌倉の街と人の魅力を「暮らしの目線」で記録するWebメディア

鎌倉で、物語の世界を暮らしのなかに。

鎌倉で、物語の世界を暮らしのなかに。

雑貨店「moln」五十嵐綾さん

物語のような場所に惹かれて、鎌倉へ

思い描いた物語の世界を、現実にしてしまうひとがいる。

鎌倉駅の西口からほど近く、線路沿いの一軒家の2階にある雑貨店「moln(モルン)」。

molnとは、スウェーデン語で「雲」を意味する。
ワンピース姿の女の子の看板を目印に、階段を登って“雲の上”へ。

扉を開けると、外国のアンティークや手仕事の品、
国内作家の作品が心地よく並び、どこか絵本の中のような空気が流れている。

店主の五十嵐綾さんは、横須賀生まれ。七五三で訪れた鶴岡八幡宮や、10代の頃から通った記憶とともに、鎌倉はずっと身近な街だった。

「用がなくても足を運んでしまう、大好きな場所。
四季折々で行きたいところがあって、お店や路地など、小さなお気に入りがたくさんある街でした」

幼い頃から物語に親しみ、大学では文学を学んだ。
読むだけでなく、自ら物語や詩を書くことも好きだったという。

転機となったのは、鎌倉の長谷にあったアンティークショップ「AMULET」との出会いだった。

友人と制作した本を置いてもらいに鎌倉の小さな出版社を訪ねたら、そこでは海外で買い付けた雑貨の販売や、小さなお庭とサンルームのカフェも手がけていて、まさに物語の世界のようだった。

「こんなふうに、好きな世界を現実にできるんだと思いました」

その後、縁が重なりスタッフとして働くことに。ヨーロッパへの買い付けや作家とのつながり、雑誌の編集、店やカフェの運営など、ひと通りを経験し、現在のmolnの原点となる数年を過ごした。

やがて、友人と作り続けていた物語『Belle&Natary(ベル&ナタリー)』のなかで、
主人公がお店を持つという展開になったとき、五十嵐さんの心に、ポッと小さなあかりが灯った。

「お店を持つのも、いいかもしれない」

“雲”のように、街と暮らしのあいだで

心から願い、日々を過ごしていると、思いがけない幸運がやってくる。

2010年4月。由比ヶ浜通り沿いの50坪もある空間を、友人4人でシェアするかたちで、雑貨店「moln」は誕生した。

もともとは事務所だったシンプルな空間。長く空いていたその場所を、友人に誘われ見に行った日、扉を開けた瞬間に古いかわいさを感じ、ひと目で気に入ったという。

「ここでカフェができそう、とか、ここはふたつに分けてお店にできるね、とか。
みんなの頭の中に、お店のイメージがすぐに浮かんだのです」

カフェと雑貨。それぞれの想いを持つ、夢いっぱいの4人が集まり、大きな一歩を踏み出した。

「ひとりではできなかったけれど、みんながいたからできました」

五十嵐さんにとって、molnは、空想好きだった自分が導いてくれた世界。
物語の世界と、人と関わる現実の場。そのあいだにあるものとして、「moln(雲)」という名前をつけた。

それから数年が経ち、それぞれのライフステージの変化をきっかけに、バンドの解散のように、別々の道を歩むことに。

五十嵐さん自身も独立を考え、心に浮かんだのは「鎌倉で続けたい」という想いだった。
東京でも物件探しをしたが、どこかしっくりこなかったという。

家族とも話し合い、鎌倉でお店を探そうと思った矢先に、友人からの連絡がきっかけで見つかったのが、現在の御成町の店舗だった。

そうして2013年、御成町で「moln」の第2章がはじまった。

木のぬくもりに包まれ、隠れ家のような雰囲気がただよう空間には、
イギリスやフランスのアンティーク、バルト三国で出会った、かごバッグや木の器など手仕事の品々、国内作家の作品が、ゆるやかに共存している。

ほどなくして、五十嵐さんの住まいも鎌倉に移った。

「お店をするなら、歩いて帰れるところがいいなと思って。
たまたま見つけた家が、とても静かな場所だったんです」

海の気配を感じながらも、森も山もすぐそばにある。
観光地としての顔とはまた違う、生活の街としての鎌倉がそこにはあった。

もうひとつ、この街で暮らしや商いをつづけるなかで感じる心地よさに、
鎌倉の「受け入れる空気」があるという。

「長く続いているお店も、新しく来た人も、あまり分け隔てがない。
移住してきた人に対しても、閉じていない感じがあります」

お店に並ぶものを選ぶ基準も、
年代や価値よりも「物語を感じるかどうか」。

「何年代のものかよりも、なぜか惹かれるもの。
長く大切に使われてきたものには、人の手の跡みたいなものが残っているんです」

それは、ものの向こう側にある暮らしや時間に触れる感覚でもある。

つくり手との関係性も大切に育んでいく五十嵐さん。
買い付け先で出会う職人たちの生活にも、心を動かされてきた。

「リトアニアで出会ったつくり手の方の家に伺ったとき、庭に実ったりんごをジュースにして、日常的に飲んでいると聞いて。すごく豊かだなと思いました」

そうした体験は、鎌倉での暮らしともどこか重なっていく。

小さな“好き”が、いまにつながっている

お店の一角には、夫・五十嵐祐輔さんの張子人形も並び、
ふたりそれぞれの表現が、心地よく調和している。

音楽をきっかけに出会ったふたりは、
molnを舞台にした音楽イベント「貸切り図書館」も続けてきた。
本と音楽を組み合わせた小さな集いは、今年で100回目を迎えた。

「普段はあまり話さない方でも、好きな本のことになると、急に言葉があふれてくるのがおもしろくて」

人がそれぞれに持っている“内側の物語”が、ふと立ち現れる場にもなっている。

「昔は、自分には何もないと思っていたんです」

五十嵐さんはそう振り返る。けれど、小さな「好き」を重ねてきた先に、今のかたちがある。

「詩を書いてみたいとか、友人と交換小説をしたら楽しそう、とか。
何につながるか分からないような、小さな『やってみたい』をやってみたら、たまたま出会えた人たちがいて。最初は、ほんとうに小さな種だったけれど、ここまで来ることができました」

最後に、移住を考えている人への言葉を聞いた。

「鎌倉は、四季を感じながら暮らしたい人や、自然のリズムを大切にしたい人には合うと思います。夜はちゃんと暗くなって、歩けば海や山に行ける。意外と、静かに暮らせる街ですよ」

物語のような時間と、日々の暮らしがゆるやかに重なり合う。その空気を、molnはそっとすくい上げている。

鎌倉でお店を続けて16年。好きなことを仕事にするまでの道のりには、たくさんの寄り道も、遠回りもあった。それでも、五十嵐さんの話を聞いていると、心に従って生きることの豊かさが、ぽかぽかと体温のように伝わってきた。
西谷 渉

Interview / text

西谷 渉

@ayumi.nstn
中村ナリコ

Photograph

中村ナリコ

Shonan diary 2026.04.29 wed
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