肌に合う茅ヶ崎で、暮らしも仕事も
辻堂駅の西口から海へ続く、浜竹通りをゆっくり歩いて15分ほど。
空がひらけ、おだやかな海街の空気がただよってくる。
いきいきとした個人商店を通り過ぎてたどり着いたのは、
昭和の面影が残るノスタルジックな長屋住宅、藤浪荘。
その一室にアトリエ兼ショップを構えているのが、
「Bluno」という屋号で活動している革職人・宇野裕貴さんだ。
上質なイタリアンレザーを使い、錫(すず)をアクセントにあしらった革小物を、すべて手作りで仕立てている。
“職人”という言葉からは、どこか寡黙で頑固な人物像を思い浮かべるかもしれない。
しかし、迎えてくれたのは、茅ヶ崎の空気がよく似合う、とても気さくな人だった。
神奈川の鶴見で小学校まで過ごし、中学生の頃に家族で藤沢へ。
以来、辻堂の高校に通い、鎌倉のゲストハウスで働いた経験もあるなど、この湘南地域で多くの時間を過ごしてきた。
横浜で一人暮らしをしたこともあるが、東京にはあまり惹かれず、
結婚を機に、現在は茅ヶ崎で暮らしている。
「この辺りは高校の頃からなじみがあるから、街や人の雰囲気もよく分かるんです。
放課後、辻堂駅にあったマックで友人と過ごしたり、ただぶらぶら歩いたり。
気づけば、この街で過ごす時間が多かったですね。空気感が肌に合うんだと思います」
そう話す宇野さんは、こんな印象も語ってくれた。
「横浜に比べると、茅ヶ崎の人はおおらかですね。
どこか余裕のある人が多いように感じます」
憧れからはじまった職人の道
大学卒業後は、地元の信用金庫に就職。
革製品は好きだったが、この頃はまだ、自分がものづくりで生計を立てるとは思ってもいなかったという。
「でも、職人への憧れはずっとありました。サラリーマンで一生を終えるのは、なんとなく違う気がしていて」
宇野さんが初めて革に触れたのは20代の半ば。
ものづくりを学びたいという軽い気持ちから、茅ヶ崎にあった革靴づくりの教室に1年ほど通った。
革の種類や扱い方、縫い方などを一通り学んだものの、
当時はまだ革の奥深さを実感するところまでは至らなかったという。
それでも、30歳の節目にキャリアに悩んだとき、
ふと頭に浮かんだのは「革」だった。
革靴づくりの教室に通っていた頃の記憶。
手の中で素材が少しずつ形になっていく感覚。
気づけば、もう一度革に触れてみたいと思っていた。

そして、会社員という生き方を一度手放す決意をし、
2019年、本格的に革職人としての活動をスタートさせた。
とはいえ、すぐに職人仕事だけで生計を立てられるわけではない。
知人の飲食店で働きながら、独学で革を学び、友人に頼まれて制作を重ねる日々。
飲食と制作、二つの仕事を掛け持ちしながら、少しずつ作品を増やしていった。
さらに、名もない作家が作品を売るのは難しいと感じ、
アトリエの一角で、革小物づくりのワークショップも始めた。
体験型の方が時代に合っているのではないか、と考えたからだ。
飲食、制作、ワークショップ。
二足の草鞋でひたすら働き続けていた時期だったという。
しかしその矢先に、コロナ禍が訪れ、
飲食の仕事がなくなり、宇野さんの生活は大きく揺らいだ。
「革一本でいくのか、それとも転職するのか。
でも、そこで覚悟が決まりました。もう革でやっていくしかないって」
結果的に、コロナ禍は宇野さんにとって
職人として生きる覚悟を固める、大きな転機となった。

革とともに、湘南でつくるこれから
Blunoの革小物には、独特の“らしさ”がある。
経年変化を楽しめるブラウンをはじめ、
湘南の自然を思わせるグリーンやブルー、グレージュなど、
宇野さん自身が好きな色を中心に展開。
そこに錫(すず)の装飾がさりげなく添えられる。
無骨な金属の質感と革の温もりが重なり合い、どこか記憶に残るデザインだ。
しかも、この錫の鋳造も宇野さん自身が手がけている。
革の魅力について、宇野さんはこう語る。
「革って、使い込むほどに色や艶が変化して、その人だけの表情になっていくんです。
新品のときよりも、時間が経つほど味わいが出る。
持ち主の暮らしや時間が刻まれていくところも、おもしろいと思います」
近年は、日本各地のギャラリーや雑貨店を巡りながら、POPUPを開催している。
SNSをきっかけに、遠方から訪ねてくる人も少なくない。
「各地で出店すると、その土地の人と直接話せるのが楽しいです。普段行かない場所にも行けるので。目標は、47都道府県制覇ですね」
さらに、2023年からは高校の同級生とともに、茅ヶ崎の中央公園でクラフトイベント「いちの市」を主催。地元のクラフト作家をもっと知ってもらいたいという想いから始まったイベントは、いまや県内最大規模のクラフトイベントへと成長している。
プライベートでは、1児の父でもある。
子どもが生まれ、暮らしのリズムも大きく変わった。
「すごく規則正しくなりました。それまでは夜8時までアトリエにいることもあったけど、今は4時半には帰ります。子どもがかわいくて、早く会いたいです(笑)」
湘南での暮らしも仕事も、自然体で楽しんでいる様子の宇野さん。
最後に、移住を迷っている方へのメッセージをお願いすると、こんな答えが返ってきた。
「自然もあるし、東京にも通えるし、東京より家賃も安い。
いい地域じゃないですか。住みたいなら、住めばいいじゃんって思いますよ」
飾り気のない言葉が、まっすぐ胸に残った。

Interview / text
西谷 渉
Photograph
中村ナリコ