湘南・鎌倉の街と人の魅力を「暮らしの目線」で記録するWebメディア

鎌倉の自然のそばで、自分らしく描く。

鎌倉の自然のそばで、自分らしく描く。

イラストレーター 三嶋さつきさん

自然のそばで、創作と向き合いたかった。

大船駅からバスに揺られて10分ほど。緑が広がる鎌倉市今泉の住宅街の一角に、三嶋さつきさんのアトリエがある。

昭和に建てられたノスタルジックな雰囲気の一軒家。玄関に入ると、
まるで実家やおばあちゃんの家に来たような、そこに暮らす人のたしかな温度や生活の息づかいが感じられる空間が広がっている。

2021年に独立し、鎌倉・材木座のgallery Johnで個展を開くなど、地域での活動が少しずつ広がっている三嶋さん。昨年からは自宅を開いて、絵画教室もはじめた。

鎌倉に引っ越してきたのは、2020年の秋。当時は、都内の会社でデザインの仕事に携わりながら、個人で絵の制作をしていたが、コロナ禍でリモートワークが可能になると、移住を思い立った。

「創作活動をするなかで、もっと緑豊かで、土の匂いがする、空気のいいところで制作したいと思うようになったんです。ふと鎌倉が思い浮かんで、直感でしたね」

和歌山の紀南出身。古座川が流れるおだやかな街で育った。
「山と海と川しかない田舎で、早く都会に出たいと思っていました」と、懐かしそうにふり返る。水や緑がすぐそばにある環境が、自分にとって落ち着くものだと気づいたのは、創作をはじめ、自分のルーツをたどるようになってからだ。

鎌倉なら、東京にも通える距離。大船駅は電車の便もよく、生活の拠点としては現実的だった。家探しは、鎌倉市内の山側の住宅街で、大船駅までバスで行ける距離にしぼって探すことにした。

ネットで部屋探しをはじめると、1枚目の写真に、マンションの窓から見える森の景色しか写っていない物件があったという。無性に惹かれて、すぐ現地に見に行った。それが、鎌倉で最初に住んだ家との出会いだった。

「2、3ヶ月くらいで全部を決めてしまいました。周りにはびっくりされることも多いのですが、けっこう直感的に決めることが多いですね」と笑う。

こうして、三嶋さんが新たな生活の場として選んだのは、
北鎌倉駅と大船駅の中間くらいに位置する、緑豊かな高台の住宅地だった。

それまで暮らしていた上野や浅草など、隅田川の近くも、気に入って住んでいた街だった。それでも、鎌倉に引っ越してみると、東京にいた頃は、ずっと自分がオンモードだったことに気づいた。

「家から会社に通うあいだに、オフからオンへ切り替わる自分がいることに気づいたんです。家に帰ってくると、何者でもない自分になれる。空気の匂いも全然ちがうし、聞こえてくるのは虫の音だけで、それがすごく落ち着きました」

しかし、オフの自分に居心地のよさを感じるようになって、しばらくすると今度は、そこからスイッチを入れるのがしんどくなってきたという。愛知の芸術大学に通っていた大学時代から、イラストレーターとして個人の仕事をしてきた三嶋さん。誰かと対話をしながらものづくりすることの楽しさを感じ、一度は、会社員を経験しておこうと就職したものの、ゆくゆくは個人で活動をしていきたいという想いはあった。

そして、鎌倉での暮らしが落ち着いてきた頃、会社を辞めて、フリーランスの活動をはじめた。

人も、お店も、距離が近い街。

数年前から、三嶋さんのイラストを鎌倉の街中で目にするようになった。
それは、ごく自然に、鎌倉の人の暮らしに馴染んでいるようだった。

地域の仕事を、積極的に増やしているというよりは、
三嶋さんの作品が持つ朗らかなあたたかさが、地域に愛されているような、
自然な広がり方だった。

「鎌倉はそんなに広い街ではないので、人も近いし、お店同士の関係も近い。
Johnさんなどで作品を見ていただいて、そこからまた違うお仕事につながることもある。ありがたいです」

現在は、展示制作のほか、イラストの仕事を個人や企業から受けている。
鎌倉での仕事もあれば、地元・和歌山の図書館から依頼をいただくことも。

去年からは、アトリエの空間と友人に設えてもらった長テーブルをいかして、絵画教室をはじめた。学生時代に子ども向けの造形教室でアシスタントをしていた経験があり、その頃からの夢だった。

「子どもの自由な絵や文字、色を見るのがすごく好きで、そこから受ける影響が大きかったんです。いずれ自分でも、そういう場所を持ちたいと思っていました」

絵を上手に描く練習をするというよりは、画材やいろいろなものに触れて、匂いをかいでみたり、好きな色を見つけたり、絵を描く楽しさを感じてほしいと話す。

去年の秋に、小さくはじめた絵画教室の名前は「アトリエ モーリー」。
名前の由来は、三嶋さんの愛犬・森(もり)から。インスタグラムの案内だけで、じわじわと広がり、初めましての親子が集まってきている。

創作と地続きにある、鎌倉の暮らし。

鎌倉に暮らしはじめて、数年が経った頃。
縁があって、もともと陶芸家の方が住んでいた今の民家を引き継ぐことになった。
三嶋さんの目で選ばれた古家具やアンティーク雑貨が並び、古いものへの愛情と、どこか抜け感のある心地よさが同居している。

鎌倉の緑に包まれた暮らしは、制作とも地続きにある。

「この辺は、散歩コースが充実しています。坂を登っていくと、今泉台という“鎌倉のチベット”と呼ばれる場所があって(笑)。

小さな商店街に、おいしいパン屋さんや、魚屋さん、ジュエリーを作っている友人のアトリエなどが、こじんまりとした場所にぎゅっとつまっている、とても好きな場所です。森林公園も近くにあるので、ハイキングがてら散歩に行きます」

鎌倉の好きな季節や時間、過ごし方について聞いてみると、
三嶋さんは思いめぐらせながら、大切なものを拾い集めるように話してくれた。

「夕暮れどきに、山の丘のほうに上がって、そこから見下ろす景色がとても綺麗です。

夏は、由比ヶ浜の海の家も楽しくて。それまで、あまり海が好きじゃなかったのですが、
鎌倉に海の家という文化があるおかげで、夏を楽しめるようになりました。

冬はストーブで暖を取ったり。薪ストーブがある友人の家で、温まりながらお酒を飲むのも好きですね」

東京にいた頃よりも、季節の移ろいや、自然の匂いの変化に敏感になった。
大好きな店に足を運んで、店主との他愛のない会話をするのも、日々の大切なひとときだ。

「北鎌倉の東慶寺が好きで、よく行くのですが、そのすぐそばにある『吉野』という喫茶店も名店だと思っていて。お寺とセットで、コーヒーを飲んでひと息ついています」

ほかにも、いくつもお気に入りだという店の名をあげてくれた。自分で気になって行ってみた店もあれば、友人が連れていってくれたり、紹介してもらった店もある。

縁もゆかりもない土地だった鎌倉の街に、
いつの間にか、あたたかいつながりがたくさんできていた。

心の向くままに、自分と対話しながら、進む道を選んできた。
水と緑に囲まれたふるさとの風景を胸に、いまは鎌倉に拠点を置きながら、
ここからまた、新しい景色が広がっていくのだろう。

一つひとつのものに静かな愛着が感じられるアトリエは、心地よさに満ちていて、取材を終える頃には、大人も通えるという絵画教室に、すでに惹かれている自分がいた。「直感のままに」動いてきた三嶋さん。この街で、これからどんな景色を描いていくのだろう。そんなことを思いながら、アトリエを後にした。
西谷 渉

Interview / text

西谷 渉

@ayumi.nstn
中村ナリコ

Photograph

中村ナリコ

Shonan diary 2026.04.01 wed
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