鎌倉・材木座で見えてきた、ゆるやかな人生の舵の切り方
「ハルバル材木座」伊藤賢一さん
鎌倉散歩でたまたま出合った売地に即決
鎌倉駅から材木座の海方面に向かって歩くこと15分。
広々とした空がひらける穏やかな住宅街に、「ハルバル材木座」という看板を掲げた一軒家がある。
1階は、日本各地の手仕事のものを扱う暮らしの雑貨店「ハルバル商店」。2階はレンタルスペースになっていて、料理教室やアートのワークショップなどに使われている。
鎌倉時間が流れる、この地域にひらかれた場をはじめたのが、オーナーの伊藤賢一さんだ。
30年近くこの街に暮らし、民放のテレビ局で会社員として働いてきた伊藤さん。
54歳のときに退職し、長く家族と暮らした家を改装。新卒から積み重ねてきたキャリアを手放し、地域に根ざした活動をはじめた。

遡ること30年ほど前。
当時は、通勤の便を理由に溝の口に住んでいたが、仕事が忙しくなるにつれ、プライベートも大切にしたいと思うようになった。
「海の近くに住みたい」という漠然とした想いを抱きながら、家族と鎌倉を散歩していたある日。たまたま通りかかった材木座の小道で、ふと売地の看板が目に留まり、「なんとなく運命を感じた」のが、まさに今の建物だったという。
「海まで歩いて5分くらい。鳥の鳴き声や、虫の鳴き声が聞こえるのも良かったですね」
ところが、即決で鎌倉に家を建て、暮らし始めてみると、現実はなかなか厳しかった。
会社までドアトゥドアで約2時間。長時間の通勤は、思いのほか大変だった。
「朝7時に家を出て、帰ってくるのは夜11時ごろ。職業柄、土日も仕事のことが多く、家には寝に帰るような生活でした。『なんで引っ越しちゃったんだろう』と思いましたね。住む街としての鎌倉の良さを実感したのは、じつは会社を辞めてからだったんです」
54歳の転機。会社員から、地域の活動へ
当初は“大失敗”だと思ったという、鎌倉への引っ越し。
それでも約20年、都内への通勤を続けてきた伊藤さんに、突然の転機が訪れたのは52歳のときだった。
ふだんは家族に仕事の話をしない伊藤さんが、ぽろっと悩みを口にしたときのこと。
奥さまから返ってきたのは、「辞めちゃえば?」という一言だった。
「それまでは、会社を辞めることなんて全く考えたことがなかった。でも、妻の一言で『辞める』という選択肢があるんだと気づいたんです。そこから1年くらいかけて引き継ぎなどの準備をして、2020年の年末に退職しました」
退職を決意してからの行動力は、さすが伊藤さんだ。
仕事を辞めるときに決めたことは、まず「鎌倉の人のご縁に流されること」。
そして、地元の人が集まれるような場をつくることだった。

今でこそ「ハルバル材木座」の伊藤さんとして地域に知られる存在だが、意外にも、お店をはじめる4年前までは、地元にほとんど知り合いがいなかったという。
地域で活動していきたいのに、鎌倉に人脈がない。そのことに危機感を覚えた伊藤さんは、「まずは誰かに相談しに行こう」と思い立つ。そこで会いに行ったのが、鎌倉のコミュニティの中心的な存在でもある、「朝食屋コバカバ」の店主・内堀敬介さんだった。
「内堀さんと会話したことはなかったけれど、メディアも含めて鎌倉のことをよく知っている方なので、まずは話を聞こうと思って『働かせてください』って言ったんです。そしたら、今はバイト募集していませんって。ただ、年末の大掃除があるので、それを手伝ってもらえると助かると言われて」
会社を辞めた年の年末、大掃除をきっかけに、ようやく内堀さんと知り合うことができた。
その後、鎌倉で活動する人たちを何人か紹介してもらい、少しずつ地域のつながりが広がっていった。そして2021年の春、コワーキングスペースとして「ハルバル材木座」をオープンする。
不定期に開催していたマルシェが好評だったこともあり、やがて日本各地のつくり手を訪ね、伊藤さん自身がセレクトした商品を常設する雑貨店「ハルバル商店」へと生まれ変わった。さらに、会社員時代のキャリアをいかした「ハルバル人事部」、地域の人たちの“やってみたい”を叶える「ハルバルスペース」と、現在は3本柱のサービスを展開している。
また、伊藤さんは「ハルバル材木座」の活動に加え、大学の先生、大学院生という顔も持つ。
「サラリーマン時代は、ひとつの仕事で稼ぐという感覚でした。でも辞めてご縁に流されてみると、ひとつじゃなくていい。7個、8個、9個の仕事があってもいいんだなって。『なんとかなる』と思えるようになりました。たぶん、周りにそういう人たちがたくさんいたんでしょうね」
場づくりをはじめて感じる、鎌倉の心地よさ
会社員時代は多忙で、住む街のことを20年以上ほとんど知らなかったという伊藤さん。
「ハルバル材木座」をひらいて4年半が経ち、地域の人たちとも交流するなかで、あらためて感じる“鎌倉らしさ”について聞いてみた。
「人口20万人以下の市だと、人の顔が見えるってよく言われますよね。鎌倉は17万人くらいなので、歩いていると必ず知り合いに会う。その距離感がすごい心地いいんです」

「それに、鎌倉のいいところは、みんな無理をしない。やるときはやるけれど、いい意味で人間関係を頑張らない。違うものは違うって認めるし、『私はこれが好き』っていうのを言い続けられる空気があります」
最近では、「ハルバル材木座」で「ポンコツ大学」というユニークな取り組みもはじめた。広島発祥の“ポンコツによるポンコツのための大学”で、毎回異なるゲスト講師が失敗談などを披露する。少人数でこじんまりと開催しているが、そんな活動もおもしろがって参加してくれるのが、この街の良さだと感じているという。
20数年前、ふらりと歩いたこの海辺の街で「ここに住もう」と決めたとき。
まさか、こんな未来が待っているとは想像もしなかっただろう。
「移住する前に、ぜひ5回散歩に来てほしいですね。観光地を目指すんじゃなくて、街歩き。鎌倉は路地が楽しいので、行き先を決めずに歩いてみてほしい。街の人と話したり、空気感を感じたりして、フィットしたら、間違いなくいいと思います」
終始いきいきと話す伊藤さんの表情から、人生を自分の足で選び取ってきた豊かさが、静かに伝わってきた。

Interview / text
西谷 渉